そんな深刻なやつでもないんですが子どもが入院する事になりまして。そんで小児の入院には何やら付き添い入院という物があって、保護者が病室で一緒に寝泊まりして面倒を見るらしいですよ。ははあ、そうなんですか。大変そうですねえ、付き添い入院。付き添い。誰だ? 俺か? 俺だ!
というわけで俺も入院した。付き合いでゴルフならぬ、付き添いで入院である。まずはネットで検索して入院グッズを準備する。タオル、歯ブラシ、洗面…しないので要らない、あとは上履き…って、フォーマル用の黒いスリッパくらいしか持ってないんだけど? 病院に黒いスリッパってダメじゃない? そういうのって『葬』じゃない? 怒られない?
インターネットは全てを解決する。検索したところスリッパ自体がダメらしい。引っ掛けたりして危ないから踵がある上履きじゃないとダメらしい。なんだ馬鹿野郎。鉢植えダメとか踵守れとか、細けえ事グチグチ言いやがって。踵なんか守ってどうすんだよ。お前アレか。踵が弱点気取りか。あのな。矢で射抜かれたら踵じゃなくても死ぬからな。ああいうのはフィクション。お話なの。いつまでも夢みたいな事ばかり言ってんじゃねえぞ。現実見ろバーカ。この時、俺の前で唇を噛みながら俯いていた少年こそが、幼き日のシュリーマンであった。
その話こそがフィクションである。そして適当な準備が完了し病院に到着。入院に際して何やら説明を受ける。何か、入院のシステムとか、症状とか、治療とか、一度にたくさん、たくさんの説明をされた。「何か質問はありませんか?」。全てにおいてよく分からなかったので質問などない。むつかしい事をいっぺんにたくさん言われても困る。それが全て理解できるような人間であれば今頃こうしていない。子どもは特別病棟に入院させ、付き添い入院は執事に任せているはずだ。しかし何も分からない。食事を下げる時はどこに持っていくと言っていたか? 都度聞いていくしか無い。無能ですみません。俺の弱点は踵ではなく頭だったのだ。 冥府の川に頭を浸け忘れた。よって頭を矢で射抜かれると死ぬ。
僕は死にません。頭を射抜かれてないから。なので食事を下げるのは同室入院メンバーのムーブに耳をすませて真似する事で解決した。それぞれのベッドはカーテンで完全に仕切られているので様子を伺うには音だけが頼りだ。耳をすませば。海がきこえる。聞こえない。海ではなく、小児科病棟では小さい子の泣き声が、そこかしこから聞こえてくる。ここではそれほど深刻な症状の子は居ない筈だが、単なる痰や鼻水の吸引でも幼い子はまるで地獄に落ちてしまったかのように泣いて親に助けを求めるのだ。それを聞き続けるのはなかなかに心にキツい。
そして夜がくる。夜と共に疑問が生まれた。俺これどこで寝れば良いんだ? 床か? 丁度そこに看護師様がいらっしゃった。「お困りの事ありませんか?」。現代の病院は親切なので早速聞いてみる。 素人質問で恐縮なのですが、僕どこで寝たら良いんすかね? 「同じベッドで添い寝するか、有料の簡易ベッドになります」。そっすか。簡易ベッドは有料なんだって。じゃあ添い寝にすっか。狭いけどよろしく〜。「え、やだよ」。おっ、分かる分かる。そうだよね。なれば簡易ベッド一丁、お願いしまーす! ガハハ! (ナレーション『この時、俺は確かに傷付いていた』)。
そしてトイレに連れていったり薬飲ませたり、もろもろしたのでそろそろ寝かせまーす。消灯。その後、子どもが寝たら特にする事はありません。特にというか何もする事がありません。しかし大人は1時過ぎくらいまで眠くならないのでインターネットマンです。なんかWi-Fiのパスワードとか貰ったし。最近の病院は進化してんのな。でもこれ繋いでも大丈夫? パケット監視とかされない? いきなり病室に看護師さんが突入してきて「病院でそういうのは観ないで下さい!」とか怒られない? そういうのってどういうの。言わないよ。知りたがるなよ。憲法違反だろそれ。
頭が浸かっていないせいか、必要以上に怯えた私はWi-Fiに繋がず携帯回線を消費して自力インターネットマンと化した。スワイプスワイプ。0時を超え。やがて。そろそろ。腹が減ってきた。子どもに付き合って晩飯早く食い過ぎた。午後6時とか。しかもインターネットの持ち物リストに書いてあったから持っていった冷たいおにぎりしか食ってないし。でも安心。この病院って24時間営業のコンビニが併設されてんのよ。すごいね。じゃあちょっと行ってくるね。念の為ナースステーションに声かけしてから院内コンビニに。よっしゃ何食うか。肉だな。冷えたおにぎりやパン食っても腹に溜まんないんすよ。温かい肉を食ってこそ『食』って感じだな。肉食うわ。生姜焼き弁当をレジにドン。温めお願いしまーす。アチアチで!
そして深夜の病院を一人行く。薄暗い病棟。何か、嫌な予感がする。特別な場面で人間に働く独特の嗅覚っていうのかな。病室に戻り予感は当たる。あっ、嗅覚。めちゃくちゃ肉の匂いするわ。大部屋の病室にすごい肉の匂いする。道理でな。みんなパンとかおにぎり食ってる筈だよなー。どうすんだこれ。明らかに他の人にもバレてる。匂いパケット監視されてる。何食ってるかまで知られてる。廊下に出て食うか? でもさ。他の付き添いや病院スタッフに見られたらよろしくなくない? 真っ暗な病院の廊下で弁当を立ち食いしてる男が居たらそれは多分妖怪じゃない? ならばこのカーテン内で一気に食うしかない。モグモグ、ゴボ、ゴボ。急いで食った。アツアツの生姜焼き弁当を飲むように食い、急いで捨ててきた。食の楽しみなど無い。あとは音もなく歯を磨くスニーキングミッション。そろ、そろ、ジョロ、シャコッ。痛い。口の中を軽く火傷している気がする。口の中も浸かっていなかった。なので口内を射抜かれると死ぬ。